キーケース入れ替わり事件

大学の入学祝いにと両親にヴィトンのキーケースを買ってもらった。そして入学を機に近くのファミレスでバイトをすることになった。そこのファミレスには同じ大学の人も何人かいて、自然と仲良くなった。その中にT君がいた。T君は一見目立たなくて大人しいけれど、何を考えているのかよくわからないところがあって、私は少し苦手だった。だけどT君の方はなんとなく私に好意を持っているようだった。私は気づかないフリをしていたし、T君が私にそれを伝えることもなかったのだけど。

ある日私はキーケースを休憩室に置いたまま忘れてきたことに気づいた。中には自宅のカギが入っている。慌てて取りに戻ったところ、それはテーブルにあったのだが、手に取った瞬間違和感を抱いた。開いてみると、中には違うカギが入っていた。危ない、他人のキーケースを持ち替えるところだった。ところが自分のキーケースを探したものの、見つからない。もしかしたら残されているキーケースの持ち主が、私のと間違えて持って帰ってしまったのかもしれない。困り果てたちょうどそのとき、T君が休憩室に現れた。手にはヴィトンのキーケースが。「それ私の!」気味が悪くてT君の手からもぎ取るようにそのキーケースを奪った。中を見ると、それは紛れもなく私のものだった。T君は「ごめん」と言って自分のキーケースを持って出て行った。T君が出て行った後、私は罪悪感に襲われた。キーケースを忘れた私にも非があるのに、あれじゃあまるでT君がわざとキーケースを持っていったみたいだ。今度バイトで一緒になったら謝ろう、そう思いながら私は家に帰った。

その日父は出張、母は祖母の看病のため泊りがけで実家に帰っていた。つまり今晩は私一人ということになる。一人で気ままにどうやって過ごそうかと家に入った途端、「おかえり」という声がしたので私は凍り付いた。薄暗い中、そこに立っていたのは紛れもなくT君だったのだ。